MYOKYOJI

2007年10月アーカイブ

2007年10月の言葉と法話

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・他力本願とは、人間の本当の自立を教えています
・自力とは他力にささえられてあるのです
・自力は頭が上がり、他力は頭が下がる


法話
 他力本願というと、世間ではあまりいい意味で使われていません。他人まかせや、依存主義のように思われていますが、実際の意味はまったく逆で、人間の本当の自立を教えているのです。他力とは如来の本願力であり、この働きにより、生きる力を与えてくださるのです。
 人間とは迷うものです。人間とは弱いものです。逆境になった時はとても不安になります。人間とは一人で生きられないのです。生きるということは多くのい のちにささえられ、生かされているのです。自分一人の力で生きている、誰にも迷惑をかけていないというのは思いあがりです、まったく無自覚といっていいで しょう。眼には見えないが、どれほど迷惑をかけ、ささえられ生かされてきたことでしょう。
 私たちが生きていくうえで、迷い、苦しみ、争っているから、阿弥陀如来の方から「私が必ずあなたの生きる力、ささえになります。我にまかせよ。」と、よび続け、働いてくださっています。このよび声がお念仏です。
 他力本願とは阿弥陀如来の本願力です。阿弥陀如来の願いが、お念仏となって、どこまでも私の生きる支え、生きる土台となってくださるのです。この世は思 い通りにいきません。一寸先は闇です。いつ逆境におちいるかもしれません。人間の本当の強さとは逆境になった時、落ちこまず、事実を受けとめ、力強く生き る姿です。人間は確かな依りどころ、支えがなければ生きれません。自力では到底救われない私たちに、阿弥陀如来が「私があなたの生きる土台、支えになる、 どうか力強く生きて欲しい」と願われ、働きつづけてくださっているのです。この阿弥陀如来の願い、働きを他力本願といいます。
 「どちらに転んでも大丈夫」といえる力強さ、本当の自立を促がしてくださるのです。                                合掌

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