MYOKYOJI

2009年4月アーカイブ

4月の言葉と法話

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今日一日腹を立てずにおれたのは、私の心が善いからではなく、腹を立てる縁(条件)がなかっただけです。

私自身の存在を問題にしなかったら、仏法は聞こえてこない。仏さまは誰の心のドアーにいつもノックしていられます。

 法話

よく長年仏法を聞いたから、腹を立てなくなったとか、愚痴を言わなくなったとか聞きますが、聞き間違いです、仏法を聞いたら人間が善くなるとか立派になることはありません。ただ腹を立てる縁がなかっただけです。縁が来ればまたすぐ腹を立てます。人間は条件次第でどうなるかわかりません。仏法を聞くとは、人間は縁ひとつでどうなるかわからない私の存在が明らかになるのです。仏の智慧に遇えば、私のあり様が知らされ、どこまでも煩悩具足の私が気づかされるのです。阿弥陀さまはその私の存在を見抜き「我にまかせ、必ず救う」と働き続けてくださっているのです。誰の心にいつもノックしてくださっているのです。しかし現代人はますます自分中心になり、打算的になり、私自身の存在を問題にしなくなったので、仏法を聞く人が少なくなりました。だがI弥陀さまは決して見捨てることなく、諦めることなく私たちを救おうと働いてくださっています。仏法を聞いていきましょう。少しでも阿弥陀さまの心が届いてくれば楽しくなります。嬉しくなります。大きな喜びと安らぎを得ます。人間は他の動物と違い、煩悩があるから仏の存在に気づくのです。救われるのです。煩悩がなければ仏の光に気づきません。いつもは煩悩に眼さえられて摂取の光明が見えないけれど、仏さまに我が破られてくると仏の光に照らされていることに気づかされるのです。南無阿弥陀仏

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