MYOKYOJI

2009年7月アーカイブ

7月の言葉と法話

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雨なしのカラ梅雨を 愚痴っていたら 本格的な梅雨がきて また愚痴がでた   

交差点に差しかかったら信号が黄色に変わった ブレーキを踏みながら「チクショウ」と言った あさましや 畜生は仏法聴聞にゆく車のなかにいた

                                             浅田正作

法話

 人間とは本当に勝手な者です。梅雨時期に雨が降らなかったら、雨が欲しいなと思います。田んぼも畑も植え木も水やりで大変です。雨が欲しいと愚痴が出てきます。しかし本格的な梅雨が来て長雨が続いたら、早く雨があがってほしい、仕事が出来ないし何処にも行けないし洗濯も干すことが出来ない、早くあがってほしいと愚痴が出てきます。この人生思い通りにはいきません。与えられたことを受け止めるしかありません。雨の日には雨の日の生き方があります。雨の日を通して気づき学ぶこともあります。しかし人間は聖人君子ではいられません。縁一つ、状況次第でどう変わるかわかりません。人間のこころは、縁によつてころころ変わります。 車でお寺へ仏法を聞きに行こうとしている時でも、急いでいたら信号が変わったら腹が立ちます。これが何度も続いたら、思わず「チクショウ」と叫んでいます。  欲や怒りや愚痴を代表とする煩悩は決して無くならないのです。この身が煩悩そのものなんです。思い通りにいかなかったら、「チクショウ」と叫ぶ私が蓄生なのです。 仏の真実に照らされれば、私の不実さ、恥ずかしさ、愚かさが知らされるのです。

 

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