MYOKYOJI

2010年3月アーカイブ

3月の言葉と法話

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「死んだらしまい」という人生はさびしい。「死ぬんじゃないよ、お浄土に帰る」という人生を生きるのです。

地獄とは 帰るところがない人生です。

 法話

 現代人は死んだらしまいと思っている人が多いようです。死んだら焼かれて無になるだけで死んだら終わりだよと思っています。ある本に紹介されていました。禅宗の公案に、「和尚、地獄とは何ぞや」「地獄か、帰るところがない人生じゃ」とあるそうです。帰るところがないということは大変です。日常生活でも旅でも帰るところがなければ、さ迷うしかありません。人生の旅も必ず終点が来ますが、帰るところがなければ大きな不安です。永遠にさ迷うしかありません。まさに無間地獄に落ちるようです。 阿弥陀如来は、「命尽きたら安心して私の国(浄土)へ帰っておいで」といつもよびかけていられます。安心して帰れるところがあると気づくと、人生遊ぶことができます。命尽きるまで精一杯生き抜いていこうという力が湧いてきます。死んだらしまいという人生は淋しいです、虚しいです、不安です。そうではなくお浄土への道を歩む人生を生きるのです。そこには生き方に大きな違いがあります。 「生きている人は死んだら終わり、生かされている人は永遠のいのちの世界に生まれる」という言葉がありました。私たちは大いなるいのちのはたらきに生かされて生きているのです。その大いなるいのちの世界である、無量寿の世界(浄土)へ帰らせていただくのです。

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