MYOKYOJI

2011年1月アーカイブ

2月の言葉と法話

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仏の光に 遠く棲むものは ついに心の眼を失う

仏壇の 花は慈悲を ローソクは智慧の光を表しています

  法話

 堀口大学さんの詩に、「深海魚、光に遠く棲むものは ついに眼を失うとあり」と、あります。海の底にすむ深海魚は、太陽の光が届かないので、ついに眼を失うのです。この詩を参考にして、「仏の光に遠く棲むものは、ついに心の眼を失う」と書きました。人間は光なくして何も見えません。光がなければ眼は必要ないのです。いま私たちは太陽の光、電気の光があるから自分の眼であらゆるものを見ています。太陽や電気が無ければ何も見えません。ただ太陽や電気の光があっても、大切なものは見えないのです。『星の王子さま』のなかに、「大切なものは眼で見えない、心で見ないとね」と、あります。 ある日小学生の孫が食べ物を粗末にしていたので、おばあちゃんが、 「食べ物を粗末にすると眼が見えなくなる」 と、注意したそうです。すると孫は、「おばあちゃん、眼は見えないことはないよ、よく見えるよ」と、すこしも聞いてくれなかったそうです。この言葉は何を教えているかと言うと、肉眼が見えなくなるということではありません。心の眼が見えなくなることを教えているのです。 いのちに対して、また作ってくださった方に対して、感謝やご恩、お陰さまと言うことが何も見えなくなることを教えているのです。 仏さまの光は、私たちの心の眼を開かせようと働いてくださっています。 仏壇のロウソクは、仏さまの智慧の光を表し、私たちの心の闇を破ってくださるのです 。

1月の言葉と法話

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永遠のいのちと光、無量の慈悲と智慧、これ以上にめでたき言葉なし。すなわち南無阿弥陀仏なり。今年もお念仏をささえとして、生きていきましょう。

 法話

新しい年になりました。明けまして南無阿弥陀仏です。親鸞聖人が「火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもってそらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」と述べられているように、この無常の世界で、いつでもどこでも変わらずに働いているのは、ただ念仏しかありません。人間の方から求めていくものは、必ず自我・分別が入りますし、状況次第でいつ変わるかわかりません。この身はどこまでも煩悩具足の凡夫です。どんなに修行を積んでも無くなりません。ただ真実の世界・ありのまま(如)の世界から来て、無限のいのちと光、無量の慈悲と智慧で私たちを救おうと南無阿弥陀仏とよびかけ働いてくださっている阿弥陀如来にまかすしかないのです。ただ念仏です。また念仏よりめでたき言葉はないのです。念仏を生きる支え・土台・よりどころとして生きていくのです。今年もお念仏を支えとして生きていきましょう。

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