MYOKYOJI

2012年4月アーカイブ

4月の言葉と法話

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聴聞とは、仏さまの眼を通して自分を見つめることです。

念仏に遇うとは、自我(エゴ)の壁が破れることです。

 法話

聴聞とは、仏さまの話を聞くことですが、単に頭で教えを聞くことではありません。教えを聞くことにより仏の光に我が身が照らされていくのです。自我のメガネでしか見れない私たちが、仏さまの眼を通して自分を見つめさせていただくのです。仏教に遇う、念仏に遇うとは、自我の壁が破れ、自我のメガネをはずすことです。ただ自我のメガネは死ぬまで無くなりません。はずしたと思っていても、すぐにかけている私たちです。それ故、仏さまの眼を生きる座り・支えとしなければいけないのです。仏さまは智慧の眼で、どこまでも自分中心に生き、真理に背いて生きている私たちの姿を厳しく気づかせ、真理に帰れととよび続けてくださっています。また慈悲の眼で、一人ひとりを我が子の如く認め、比べず、分け隔てせず、決して見捨てない必ず救うと働いてくださっています。仏教を聞くとは、仏さまの智慧と慈悲の眼を、我が身にいただき、生きる力・支えとしていくのです。

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