MYOKYOJI

2012年8月アーカイブ

8月の言葉と法話

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井の中の私、仏の大海を知らず

仏の光に遠く棲むものは、ついに心の眼を失うとあり

飛んで火にいる欲の虫

  法話

「井の中の蛙、大海を知らず」から、「井の中の私、仏の大海を知らず」と書いてみました。大海を知ることにより、私は小さな井戸の中にいたんだ、狭いものの見方、自分中心の見方しかしていなかったことが知らされるのです。仏さまの分け隔てない広大な心に触れると、私の狭い・身勝手な心が知らされるのです。  「深海魚、光に遠く棲むものは、ついに眼を失うとあり」という言葉から、「仏の光に遠く棲むものは、ついに心の眼を失うとあり」と書いてみました。光が届かないところに棲むと、眼が見えなくなるのです。眼の機能が働からなくなるのです。光が働いているから見えるのです。光が届かなかったらまっ暗闇で何も見えません。同じように、仏さまの光に照らされていないと、心の眼が見えなくなるのです。肉眼は見えても心眼は見えないのです。大切なものは肉眼では見えません。仏さまの働き、人間の心・愛情、私を生かしてくれたいる周りの働きなど眼に見えません。心で見るのです。それ故、仏の光に照らされていない生活をすると、ついに心の眼を失うのです。

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