MYOKYOJI

2012年9月アーカイブ

9月の言葉と法話

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念仏とは私が仏をよぶ声ではなく、仏が私をよびたもう声

私が申す念仏やけど私でないがや、如来さまのおよび声や

 法話

私たちがお念仏を称えるということは、阿弥陀さまにこだますることです。こだまというと「ヤッホー」と言うと「ヤッホー」と響き返ってくることです。阿弥陀さまがいつも私たちを救うために「南無阿弥陀仏」とよび続けていられています。そのよび声が私に届いたら「南無阿弥陀仏」とこだますることです。いづれの行も出来ない私たち煩悩具足の凡夫を救うには、阿弥陀仏自ら念仏となり、我が名をよび続けるしかなかったのです。「どんなことがあってもあなたをの生きる力となる」「必ず救う、我にまかせよ」と念仏となってよび続けていられます。念仏はたもち易く称え易く、その人をそのまま救うことが出来、誰の口からでも自らを顕すことが出来るからです。阿弥陀さまが私の口から「いつも一緒だよ」と念仏となって出てくださるのです。親鸞聖人が「この無常に世において、変わらない真実はただ念仏しかありません」と述べられています。何故かというと念仏は仏の言葉であり、この世の真理であり、永遠に変わらない法則であり、いのちのよび声であるからです。

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