念仏はいのちなり 念仏はまことなり
念仏とは私が仏をよぶ声ではなく、仏が私をよびたもう声
み仏をよぶ我が声は み仏の我をよびますみ声なりけり(甲斐和里子)
法話
念仏はいのちなりです。この私のいのちは如来のいのちが、念仏が通い続けているのです。如来が念仏となりいつも私を支え続けてくださっているのです。念仏とは私が仏をよぶ声ではありません。私たちを救うために仏が即ち阿弥陀如来が声の仏・ことばの仏となり、念仏となりよび続けてくださっているのです。念仏はまことなりです。この無常の世の中で変わらぬまことは念仏しかありません。私が念仏を称えるよび声は、み仏の私をよぶ声が私の口から出てくださっているのです。み仏の我をよびますみ声なりけりです。