MYOKYOJI

2013年9月アーカイブ

9月の言葉と法話

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浄土真宗は、自分の愚かさに気づいて、救われる教えです。「愚者になりて往生す」

賢くなることばかり教える世の中に、自らの愚かさを気づかせる教えこそ人間の道である。

 法話

多くの宗教は、自己を磨いて賢い人、偉い人になって救われる教えが多い中、浄土真宗は逆に愚かになって救われるのです。仏とは目覚めた人・悟った人という意味ですから、「本当に浄土真宗は仏教なんですか」と外国の人は質問するそうです。いくら素晴らしい教えがあっても実践できなければ意味がないです。親鸞聖人は、自身はどこまでも罪悪深重煩悩具足の凡夫と見抜かれ、この凡夫が救われるのは、煩悩をもったまま救うという阿弥陀如来にまかすしか救われないと気づかれたのです。多くの人に、「この私でも救われるのですから、皆さんが救われないはずはありません」と勧めてくださっています。ただ自分の愚かさや罪深さに気づくことはとても難しいことです。私たちはすぐに「まだあの人よりはまし」「どうして私が罪深いのですか」思っています。教えを聞き、み仏の光に照らされなければきづけません。浄土真宗はこの私が、そのまま救われる教えです。自分は善人であり、悪いこともせず立派に生きていると思っている間は救われません。私は本当に愚かで、自力では救われない私であると気づいた時、阿弥陀仏に救われているのです。しっかり聴聞をしましょう・

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