MYOKYOJI

2013年12月アーカイブ

12月の言葉と法話

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自分では心の眼は開かない。光に照らされて心の眼が開くのです。

眼が開いたからこそ、自分の愚かさ恥ずかしさ罪深さが見えてきたのです。

  法話

肉眼の眼は光がなければ何も見えません。太陽や電気の光に照らされ始めて見えてくるのです。光がなければ眼はあってもないのと同じです。光がなければ闇を闇とも気づけません。心の眼も同じです。照らす光がなければ何も見えないのです。何事でも気づくということは。気づかせてくださる働きがあるから気づくのです。仏さまは光となり、私たちの心の眼を開かせてくださっているのです。闇を闇と気づかせ闇を破ってくださるのです。仏さまの光に遇うことによって、はじめて私の心の闇が見えてくるのです。私の愚かさ、恥ずかしさ、罪深さが見えてくるのです。光に照らされて煩悩が見えてくるのです。光なくして煩悩は見えないのです。また煩悩があればこそ光(仏)に遇うことができるのです。闇が破れていくのです。 煩悩は無くそうとしてはいけない。どんなに無くそうと修行をしても無くならないのです。煩悩は見えたらいいのです。私が煩悩具足の凡夫であると受けとめるのです。そうすれば煩悩に振り回されることはないのです。煩悩があるから仏さまが働いてくださっているのです。煩悩がなければ仏さまと遇えないのです。仏さまと縁が切れるのです。煩悩が救いの種でもあるのです。

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