MYOKYOJI

2014年6月アーカイブ

6月の言葉と法話

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これから先の人生は、幸か不幸かしらねども、どちらになってもよろしいと確かな覚悟ができました。

災難が来ないように祈るのが信心ではない。災難がきても引き受けていける力を得ることが信心です。

 

 法話

この世は無常です。常なるものは何もありません。「ゆく川の流れは絶えずして、もとの水にあらず」と言われるように常に変化しています。「時間よとまれ」ということはありえません。無常なるがゆえに、一寸先は何が起こるかわかりません。一寸先は闇です。いくら一生懸命努力しても、勉強しても、頑張っても、結果はどうなるかわかりません。どっちに転ぶかわかりません。どっちに転んでも大丈夫といえるものを身につけていなかったら、結果が悪かった時とても苦しいです。仏法を聞くとは、どっちに転んでも、災難がきても、思い通りにいかなくても大丈夫というものを得ることです。災難が来ないように祈るのが信心ではありません。この世は必ず、生老病死の苦しみに会います。祈って無くなるものではありません。生きていれば必ず別れや死があります。与えられたことを引き受け、それを乗り越えていくしかないのです。その乗り越えていく力を得ることが信心です。

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