MYOKYOJI

2014年12月アーカイブ

12月の言葉と法話

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念仏とは私が仏をよぶ声ではなく、仏が私をよぶ声です。私が称えているという「私」が入れば、念仏は念仏で無くなるのです。

思い通りにならないから苦しむのです。思い通りにしたいという心が苦しみの原因です。

 

 

法話

 自我とは、エゴであり思い通りにしたいという心です。苦とは、思い通りにならないことです。人間は死ぬまで自我・我執はなくなりません。生きるということは思い通りになりません。だから苦しむのです。この苦悩の有情を救うために、阿弥陀さまは念仏となり私の口から出るようになられたのです。自我・我執が無くならない人間をを救うには、念仏にならざるを得なかったのです。自我や煩悩をなくしなさいという教えでは救われません。自我や煩悩を持ったままの、「そのままの救い」「無条件の救い」でなければ救われないのです。念仏とは仏が私をよぶ声であり、私が仏をよぶ声ではありません。私の思いや都合で称えるのではありません。「私」が入れば念仏が念仏で無くなるのです。念仏とは仏の言葉であり真理の言葉です。私の口から仏さまが出てくださるのですから、「我が声ながら尊かりけり」です。念仏を称えるとは、阿弥陀さまとともに生きていきますということです。

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